2016年4月19日火曜日

神さまの調和





神さまが創られた世界は

完璧に調和がとれた世界だったのだと

思います。

植物が二酸化炭素を光合成で酸素として

排出し

動物は酸素を吸って二酸化炭素を

吐き出すように

神さまが与えられた役割があって

喜びをもって生き

すべては神さまの栄光が現されるためで

その調和は完璧だったのでしょう。



でもアダムとイブが善悪の木の実を

食べてしまった。

蛇(サタン)は木の実を食べても死なないと

言ったけれど

それは肉体的に死なないという意味で

霊的には死んでしまった。

人は神の霊と完全に離れ

善なる神が分からなくなってしまったのだと

思います。

だからありのままで美しかった

二人は自分を恥ずかしいと思って

衣で罪を覆い

神さまを恐いと感じるように

なってしまったのでしょう。

神さまが創られた調和から離れ

すべてが歯車のように働きあっていた世界は

人がその欲に従って

自分の善を選び好き勝手に動くことで

混沌としてしまいました。




でも神さまはイエス・キリストを

与えてくださいました。

完全な神であり完全な人であったイエス様は

私たちと同じように

苦しみ葛藤し傷つきました。

でもイエス様は本当の善を知っていたので

すべてを神さまに委ね

神さまの心をあますところなく

全うしました。

そして聖霊が与えられました。

イエス・キリストの贖いと復活を信じ

神さまを受け入れた人は

自分の善ではなく

神さまの善に委ねることで

聖霊が働かれ

イエス様のように神さまの力が

現されるのだと思います。

すべてを感謝することは

自分の善ではなく

神さまの善を選び委ねると

表明することになるのだと思います。

それはかつての世界が神さまの御手の中で

完全な調和を保っていたように

起きることがその役割を全うし

すべてが働いて私たちの益のために

あるのだということを知るのでしょう。

神さまは私たちを愛するために

祝福されるために

あえてゆるされることもあって

それは神さまの歯車の一つなのだと

思います。




最近、矛盾と思えることを感謝する

長いタームで見るというメッセージを

聞いたり

本を読んでいる中で

なんだかそう語られたように思いました。




Sei