2017年1月18日水曜日

神さまの存在




私が一番、最初に

神さまの存在を感じた時

今でも覚えています。



それは教会にいる時でした。

当時は国分寺で礼拝をしていて

私は確かインターナショナル礼拝か何かの間

丸井のエルタワーの大きな会場を

2つに区切った礼拝の隣の部屋で

一人で遊んでいました。



私はそれまで何度も礼拝に出ていて

メッセージで牧師さんが

神さまについて話しているのを聞いていましたが

一人で遊んでいる時にふと

上のほう

斜め上の天井の方から

礼拝で言われている神さまが

いつも私を見守ってくれているんだと

感じました。



それが最初に自分で

神さまの存在を感じた時でした。



当時の礼拝は

最後にいつも救いの祈りをする時がありました。

私はこの神さまを信じたいと

何度も何度も救いの祈りを告白しました。



正直に言うと

その時はイエスさまの十字架の贖いとか

自分の罪とか

よく分かっていなくて

ただ神さまと一緒にいて

天国にいつか行けるんだと

それくらいの認識だったと思います。



でも、私の中で

神さまの存在は揺るぎないものとなりました。

そして小学校の行き帰りとか

一人でいる時に

いつも心の中で

神さまに話しかけていました。

「今日のおやつは何がいいかな?」とか

「あの本を読もうと思ってる」とか…

神さまがいつも私の話を

聞いてくれている感じがしました。

でもその時は自分中心の

神さまでした。



それから高校生になる時と

大学生の時に

自分がやりたいようにやったら

幸せどころか傷ついて

虚しいだけになってしまって

自分の罪を深く感じさせられ

イエスさまの十字架の贖いの

愛の深さを体験しました。

その時に私じゃなくて

神さまが人生の中心なんだと

思わされて献身して

今に至ります。



神さまの計画は大きすぎて

全部は分からないけど

最善のタイミングで

神さまと私の関係を

進めてくれていたんだなと

思いました。

たぶんそれぞれに

最善のタイミングがあるんだと

思います。

そして一人ひとりに

神さまがその人が一番幸せになれて

一番力を発揮できる

最高の計画を用意しているんだと

思います。



Sei